Fukushima Bisei Koshu

 

虎舟塾 塾長

福島 美生 虎舟

福島虎舟は、広告会社ADKの第2クリエイティブ局長 兼クリエイティブ・ディレクターを最後に書家活動に入る。

オードリー・ヘップバーンを緻密な筆で描く水墨画は、実にユニークで、多くのファンを持つ。

実は甲子園を目指したピッチャーが肩を壊してことで、ボールを筆に持ち替えて、没頭したのが水墨画だった。

その後、大阪芸術大学で、アート全般とデザインを学び、

広告業界に入った。資生堂、サッポロ黒ラベルなどを担当した。

印刷媒体での彼のデザインには、しばしば、キャッチフレーズが 筆で描かれた。

「筆で描く文字」に魅せられていった。

 

ある日、上野の森美術館の書展に出かけた。

そこで、今まで眼にしたこともない筆裁きと、

力強い魂に圧倒された。

それが、古代文字の先駆者、

「亀甲会」の加藤光峰師の書であった。

併せて、白川静による漢字の意味物語に興味を深めていった。

「寅年の雪舟」と自らを鼓舞し、号を「虎舟」とした。

光峰師に教えを受けて10数年、上野の森美術館での「亀甲展」に

畳9畳分の大作を発表し続けた。

そして、虎舟オリジナルな古代文字と、より進化を求めて亀甲会を離れた。

富士山を見晴るかす、陶芸家の友人の古民家をアトリエ拠点とし、

古代文字と水墨画の創作三昧の生活をして過ごす。

 

機は熟したと、2箇所で個展を開いた。

渋谷の東急「bunkamuraギャラリー」と、仙台「坐カフェギャラリー」である。

此処は彼にとって、今に続く虎舟個展のステージとなった。

来場者の多くから、学びたいのだがと、要望される頻度が増え続けた。

「ウチのスタジオで古代文字の教室始めたら」と勧めてくれたのも、

これまた、アートディレクターでカメラマンである友人だった。

 ・・・・・これが、「虎舟塾」の始まりである。